チョト・マカッサル(Coto Makassar


南スラウェシ以外の人にとって、「マカッサル」という名前を聞いてすぐに頭に思い浮かべるものの一つは、チョト(
coto)という名の特徴ある食べ物だろう。この食べ物を見つけるのは簡単で、マカッサルの至るところにあるワルン(warung)とかキオス(kios)とか名のつく小食堂で、クトゥパット(ketupat)[訳注1]やブラサ(burasa)[訳注2]と一緒に食される。

[訳注1] 米を椰子の葉で編んだ袋の中に入れて蒸したもの。断食明け大祭や犠牲祭のときに作って、汁物のおかずと一緒に食べる。位置づけとしては日本の正月の「餅」に似ている。チョト・マカッサルの大事な「供」の一つである(右写真)。
[訳注2] ココナッツミルクをかけた米をバナナの葉に包んで蒸したもので、ブギス・マカッサルの断食明け大祭や犠牲祭のときに食される伝統食である。今ではそれ以外に、朝食のメニューとして、あるいはチョトなどの「供」として、日常的に食べられている。

チョト・マカッサルは、ジェネポント、タカラール、ゴワ、マカッサルといったトゥラテア(Tanah Turatea)[訳注3]の地が発祥の食べ物である。チョトの祖先はガンタラ(gantala’)という名前の汁物で、馬の内臓を細かく刻んで壺のなかでコトコト煮て、グルタミン酸調味料と塩だけで味付けする。「でもとってもおいしいよ。チョトみたいな味だよね」というのはアシュリさん(26歳)。ジェネポントの伝統的な家庭で育った彼によると、ガンタラはマカッサルの人々の結婚式などパーティーや儀式のときにふつう出されるそうだ。

[訳注3]   これは「上に住んでいる人たちの場所」という意味である。マカッサルを基点として、ゴワ、タカラール、ジェネポントなど南のほうをマカッサルの人々は「上」(atas)と称し、マロス、パンケップなど北のほうを「下」(bawah)と称す。日常会話でも「上から来た」「下へ行く」といった会話を交わす。

このガンタラは、南スラウェシ州で塩を産するジェネポント県の人々にとって誇りある食べ物である。それどころか、ガンタラの有無がパーティーや儀式に出席するかしないかの判断材料になっているほどである。ジェネポント出身で、今はハサヌディン大学の近くでソプ・ソウダラ(sop saudara)屋を経営しているひげ面のジャファールさん(39歳)によると、招待客の多くはガンタラを食べるためにやってくる。「パーティーで(ガンタラが)ないと聞けば、普通はパッサロ(passalo)[訳注4]を置いて帰ってくるのさ」と彼は言う。

[訳注4] 結婚披露パーティーで招待客が新郎新婦に送る祝儀のこと。

しかし、このジェネポントの伝統の一部をなすガンタラよりも、今では、もっといろいろな材料を必要とするチョト・マカッサルが有名になっている。チョトを作るために必要な材料は牛か馬の肉や腸、レバー、果ては脳みそにまで至る。

マカッサル市民はますます健康に気を使うようになっており、特定の食品の摂取を禁じたり、食品アレルギーを回避したりするが、チョト屋も、硬くて粗い繊維質を持つ馬肉を使った「チョト・クダ」(Coto Kuda)というように、素材名を明示するようになっている。チョト・マカッサル、あるいはチョト・マンカサラ(Coto Mangkasara)といえば、通常は牛肉や牛の内臓を使っている。

ちなみに、チョト・マカッサルは、牛肉と牛の内臓を使っているという点ではマドゥラの内臓スープSoto Babatに似ている。ただ、マドゥラのよりもチョトのほうがスープの濁りが濃い。しかし、使う調味料については大きく違う。チョトにはレモングラス、カヤツリグサ(laos)、コリアンダー(ketembar)、ヒメウイキョウの実(jintan)、赤ワケギ、ニンニク、細かくした塩、月桂樹のような葉(daun salam)、豆のサンバル、味噌のサンバルなどの伝統的な調味料が使われ、これが独特の味を作り出す。このように、チョトは特別のソースなどを必要とせず、レモンと塩を好みに応じてかけるだけである。これらの調味料が材料の肉の味を引き出す魔法のような役割を果たす。

料理方法も特別に注意しなければならない。チョト・マカッサルは常に、コロン・ブッタ(korong butta)またはウリン・ブッタ(uring butta)と呼ばれる土で焼いた壺のなかで調理される。肉は若いパパイヤを使って柔らかくする。そして内臓は通常、灰を使って清めるのである。

チョト1杯の栄養はどれぐらいあるのだろうか。大学生時代、新入生歓迎行事を行っていた頃はとくに、仲間たちと毎朝チョトを食べるのが日課だった。なぜかというと血の気を多くするためだ。新入生歓迎行事の頃には、夜から早朝にかけてしか準備をする時間がない。血の気が失せて頭痛がしたり目がショボショボになったりする。疲れを癒すためにも朝食にレバー入りのチョトを食べて血の気を増やすのだった。

しかし、このチョトも、クトゥパットやブラサといった「供」がいないと完璧ではない。マカッサルの大多数のワルンでは、クトゥパットやブラサは別料金になっている。なかには、チョトの一部として無料でこの二つを食べられるところもある。

注文の仕方も極めて民主的である。肺、レバー、肉、脾臓、内臓など、牛の様々な部位が用意されている。客は好きな部位を注文したり、数種類の部位を組み合わせたり、「チャンプル!」といって全部の部位を混ぜてもらったりすることができる。チョトが運ばれてきたら、客は机上のソース、サンバル、ネギ、揚げタマネギ、レモンなど、お好みの調味料をチョトに入れて、味をさらに豊かにするのである。

まだ満足できないならば、多くの場所では、チョトの汁だけを追加することができ、お金も払わなくてよい。通常はクトゥパットを開いて、スプーンで切り分けてチョトの汁の中に浸し、肉と一緒に食べる。クトゥパットやブラサはチョトの食を進め、2杯、3杯へといざなう。汁と肉がなくなってもクトゥパットやブラサがまだ残っていれば、チョトをもう1杯頼むのが普通であろう。

チョト・マカッサルの美味しさは、この街を訪れた人それぞれに物語を作ることだろう。以前、交換留学生として来ていたオランダの学生がチョトを食べたときの話である。何がどうしたのか、彼はチョトを4杯も食べてしまった。学校に戻って、彼は友人たちに自分の経験談を得意になって話し、4杯も食べたことを自慢した。大食漢で知られるマカッサルの人でも4杯というのは相当多い。

「チョトって本当に美味しいよねえ。で、何から作られているの?」と聞く彼に、「内臓だよ」という答え。

その答えを聞いて、オランダからの交換留学生はゲーゲーもどし始め、今食べたばかりのものを吐いてしまった。それもそうだ。オランダなど西洋では一般に、内臓はネコやイヌなどのペットの餌とみなされているから。

チョト屋はマカッサルのあちこちの道端にあるけれども、チョトは様々な階層から愛されているのだ。たとえば、Jl. GagakJl. Kakatuaの角にあるCoto Gagakには独立したVIPルームがあって、他の客に邪魔されずにチョトを味わうことができる。他に有名なチョト屋としては、Jl. AP PettaraniCoto ParaikatteJl. NusantaraCoto NusantaraJl. Urip SumoharjoCoto Maros、などがある。


左からCoto Gagak、Coto Palaikatte、Coto Nusantara。

Coto Gagak追加情報

inserted by FC2 system